表装裂地

 現在表装に使われる裂地の中でも名物裂とされているものは、主として、この表装が広がっていく時代の中で中国から舶来したものです。宋、元、明時代の中国で織られた金襴、緞子、間道、その他の裂地で、当時の茶人、僧侶、上流武士、その他一般好事家などが所持し、名物といわれる茶器の仕覆、掛け物の表装、寺の斗帳、袈裟などに使われたのです。その中でも極めて優秀な裂地が、いつしか「名物裂」と称せられるようになったのです。

 これらの名物裂は、多分に趣味性を持ち、いつしか、名物裂と呼ばれるに至ったものであるため、その名の由来は非常に曖昧です。そのため、大体において優れてはいるものの、その中に優劣があるのは当然だと言えます。選定に基準がなかっただけに、またそれだけに裂それぞれが示す織味は非常に豊かで、そこに尽きせぬ興趣があると言えるのかもしれません。

 特にここで言う名物裂に対して、その由来を大切にしてきたのが茶道です。その茶道では、各流派独自の名物裂を持っており、その好みに基づいて表装されます。元来、仕服や帛紗に使われていた裂などを表装に使用されたりもしています。

 現在、表装で一般に使用される裂地は、使い方によっては、どのような裂地でも使うことができると言えますが、巻きぐせを出さずに柔らかく仕上げるために、服飾関係で使用される裂地よりも薄くなっています。

 表装においてその裂の取り合わせは、非常に重要な位置を占めています。色、柄、風合い。この三つの取り合わせが、本紙との兼ね合いの中で様々な様相を生み出すこととなります。中でも重要なのが、本紙とのバランスです。本紙を主とするならば、表装は従とされます。そのため、本紙の魅力をより一層際だたせるために表装されなければなりません。出過ぎず、出なさ過ぎず。このことに表装の善し悪しがかかっていると言って良いでしょう。

 一般的にその取り合わせ方は、本紙が絵画か書か、そして書の中でも漢字なのか仮名であるのかに分けられます。絵画でも新しくて色数の多いものや、仮名の書の場合は、本紙の邪魔をしないように全体的に大人し目で品のある表装が好まれます。一方、絵画でも強さを感じさせる絵画や仏関係のもの、濃い墨を使った墨跡物などでは、本紙に負けないように濃い色を使って落ち着きのある格調高い表装が好まれます。しかしながら、それとは全く異なった逆の取り合わせ方によって本紙の魅力が引き出されることも多く、一概に言い切ることはできません。

 

 表装裂地の種類

金襴・銀欄 緞子 間道 錦金紗、竹屋町
魚子(ナナコ) 糸圭(シケ) 糸羽(パー)
紹巴(ショウハ) 海気 絽・羅   

 

 

名物裂について

 現在表装に使われる裂地の中でも名物裂とされているものは、主として、室町の足利義満・義政時代以降に中国から舶来したものです。宋、元、明時代の中国で織られた金襴、緞子、間道、その他の裂地で、当時の茶人、僧侶、上流武士、その他一般好事家などが所持し、名物といわれる茶器の仕覆、掛け物の表装、寺の斗帳、袈裟などに使われたものです。その中でも極めて優秀な裂地が、いつしか「名物裂」と称せられるようになったのです。江戸時代の中期にもなると、茶道の方で各流派独自の名物裂が選定されるところとなり、その結果、その総数は、四百種類を超えるほどにもなりました。

 

雲鶴金襴 興福寺金襴
本能寺緞子 笹蔓緞子



 これらの名物裂は、多分に趣味性を持ち、いつしか、名物裂と呼ばれるに至ったものであるため、その名の由来は非常に曖昧です。しかし、その由来は基本的に、神社仏閣の名称、僧侶・大名・茶人などの人物名、装束として使われる能の演目に関するものなどが上げられます。それだけ由緒正しい出自であるため、大体において優れてはいるものの、その中に優劣があるのは当然だと言えます。しかし、選定に基準がなかっただけに、またそれだけに裂それぞれが示す織味は非常に豊かで、そこに尽きせぬ興趣があると言えるのかもしれません。

 そのような由来を持つ日本独特の名物裂は、外来の優れた染織を基盤とし、華やかに開花したと言えます。その外来染織は、大きく次の三期に分けて考えられます。

 第一期はわが国上代における随唐代の染織、第二期は室町より江戸にかけての明代を中心とする染織、第三期は明治時代以降における諸外国の染織の渡来です。第一期、第二期ともに中国の染織が主なのですが、その他に東南アジア、中近東、ヨーロッパのものも僅かながら含まれます。

 今日、残されている名物裂と称せられる渡来の織物とを比較すると、第一期渡来品は、非常に優れた品格と織技を示すものです。第二期渡来品は、その種類も増し、侘び・寂びに通ずる渋さを持つものに加え、幾分庶民的なものへと発展することとなります。この第二期より金襴、銀襴、錦紗、緞子、綸子、縮緬、ビロード、モール、琥珀などが、わが国でも織成されるようになり、現在われわれにもなじみ深い染織の緒が築かれることとなったのです。


第二期は、次の七つの時期によってより細かく分割されています。

1.極古渡り……室町時代初期(足利義満の頃)
2.古渡り………室町時代中期(足利義政の頃)
3.中渡り………室町時代中期〜末期
4.後渡り………室町時代末期〜桃山時代
5.近渡り………江戸時代初期
6.新渡り………江戸時代中期
7.今渡り………江戸時代中期以降


これらの名物裂は、その由来によって様々な名称が付けられています。しかし、その由来は、次の五種類ほどに大別されます。

1.所蔵していた人物名、または寺院名を名称としてつけたもの
2.裂地の文様を名称にしたもの
3.茶器などの名物品から名称を取ったもの
4.生産地、またはその所在地に名称を取ったもの
5.能装束として使われる演目から

このように名物裂は日本の染織史に大きな足音を残したかけがえのない遺産であり、この遺産は単に過去のものとしてあるだけでなく、現在もなお力強くわれわれに呼びかけてくれるものなのです。

 

表装裂地のできるまで


 裂地の特色の一つは、先染めの紋織物(染織した糸を使って模様を織り出す織物)という点にあります。従って、織りあがるまでには多くの工程を必要とします。これらの工程のほとんどが、分業システムによって専門職の人々の手によって行われています。工程は、大きく【企画・製紋】・【原料準備】・【機準備】・【製織】の四つのブロックに分けることができます。

《企画・製紋》
織物の最も基本となる、デザインや組織(経糸と緯糸との組み合わせ方)を決定し、製織地に織機に指示する紋紙を作ります。

《原料準備》
織り出す織物に必要な種類の糸を準備し、必要な色に染め、織機にセットできるよう整えます。

《機準備》
組織やデザインを、インプットした紋紙からの情報を伝えるための装置《ジャガード》や《綜絖》(ジャガードと経糸を連絡する装置)を準備します。

《製織》
現在西陣で使用している織機は、大きく分けて手機、力織機(動力織機)、つづれ機の三種類があります。そのうち、手機と力織機は、紋紙とジャガードにより、模様を織り出します。つづれ機には、このような装置はなく、図案を経糸の下に置き、小さな杼(ひ)で縫い取っていきます。

 

1.図案
紋織物の出来映えは、デザインとそれを織物に表現するための組織、糸遺の良否にあると言われます。その意味で、図案は紋織物の基本をなすものです。現在の織物図案は、画紙に一返しの文様が原寸大に着彩して描かれます。

2.紋意匠図
古くは、文様図、紋図、指図とも呼ばれたものです。図案に基づいた織物の実施設計図にあたるものです。図案を卦紙と呼ばれる一種の方眼紙に拡大して写し、経糸、緯糸の組織を色分けして彩色します。現在の卦紙一升は、縦横ともに八等分されていて、その一駒一駒が経糸一本、緯糸一本を示しています。

3.紋彫
紋意匠図に従って、短冊状の厚ボールの紋紙に紋彫機(ピアノマシン)で、ジャガードの堅針の通る穴をあける作業。堅針は、通糸によって経糸と連結しているので、針が穴を通れば経糸が上がり、杼道があくことになります。

4.紋編み
紋彫りの終わった紋紙を順序通り紋編みミシンで綴じつける作業。紋紙一枚が、緯一越に当たるので、紋紙の数は、複雑多彩な文様になると数万枚にもなります。

5.コンピューター・グラフィックス → フロッピーディスク
今日では、紋意匠図以降の工程は、コンピューター化されています。コンピューター・グラフィックスにより製紋し、フロッピーディスクを使ってコンピューター・ジャガードによって織物情報を指示します。

6.練糸(精錬)
紋織物は、所用の色に染めた糸を用いるので、絹の場合、糸染めをする前に、精錬がなされます。精錬は、高温のアルカリ液で生糸の膠質を除去し、染織を容易にする目的で行われます。その結果、絹独特の光沢やしなやかさが得られます。

7.糸染め
近年では、上の製練機と同じような自動染織機で一度に多量な糸を同一色調に染めることが多くなっています。しかし、微妙な色目や少量の糸、生糸などは染め竹や手鍵を使って、手染めされています。

8.糸繰り
染織された綛糸(かせいと)は、竹製の枠にかけ、それから動力で自動的に糸枠に巻き取られます。昔は、タタリという道具を使って手回しで糸を巻き取っていましたが、江戸時代後期に分銅を応用したゼンマイという能率の良い糸繰り機が考案され、さらにそれを改良したのが現在の糸繰り機です。

9.整経
裂地に必要な長さと本数の経糸を準備すること。紋織物になると、数千本の経糸が使われるので、糸枠から引き出した糸は、まず大きなドラムに整然と巻き取られます。次にそれは、織機に取り付ける千切りに巻き返されます。

10.綜絖通し
綜絖は、経糸を上げ下げして、緯を通す杼道を造る織機の重要な装置で、通糸に連結されているワイヤーの真ん中にあるリング(目ガラス)に一本ずつ経糸を通していく作業です。この工程は、今でも熟練した職人さんの手でなされています。

11.ジャガードと紋紙
織物の情報(デザインや組織)は、紋紙やフロッピーディスクに入れられます。その情報は、ジャガードによって取り出され、綜絖を通して織機に伝えられます。いわば紋織の心臓部に当たるのがジャガードです。

12.製織
織機には、手機と力織機があります。現在は、次第に生産能率の良い力織機が多くなっていますが、多彩で美術的な趣のあるものや風合いを出す必要のあるものは、手機によっています。