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 真言宗高野派 
 十一面観世音 
 799-11 愛媛県周桑郡小松町大字新屋敷甲四二八 
 0898-72-2210 
 予讃線伊予小松駅から100m 

縁起

 天平年間(729‐49)聖武天皇が 諸国に一の宮を造られた時、この 近くに伊予一国一の宮神社が建て られその別当寺として創建されま した。その後数度の洪水によって 堂塔は荒れ果てましたが、天養2年 (1144)に再建されましたので、そ の年号にちなんで天養山と改めま した。  弘法大師が四国巡行の際、この 地に止まられ、光明皇后のお姿に 象って十一面観音像を刻み本尊と して第62番の霊場に定められまし た。  この折、国司、越智氏の夫人が 難産で苦しんでいたので境内に 「玉の井」を掘り、その水を加持 して夫人に与えたところ男の子を 安産しましたので玉澄と命名され ました。この言い伝えから本尊は 安産の観音様として今も広く信仰 されています。  その後、寺運は栄えましたが天 正13年(1585)豊臣秀吉の四国征伐 の際には戦火によって堂塔をほと んど失いました。  さらに明治初年の廃仏毀釈で廃 寺となりましたが同10年に再興さ れ、大正10年には予讃線開通のた め境内を駅へ譲って現在地に移転 しました。

風景

 JR伊予小松駅のすぐ近くにある 国道11号線沿いの宝寿寺は周囲を 住宅で囲まれ、武家門のような山 門の前に「一国一宮宝寿寺」と刻 んだ古い石標が建っています。門 をくぐると正回に本堂、右に大師 堂が堂々と建ち、境内は手ごろな 広さで参道の左側には石庭の趣の ある石組みがみられます。本堂左 手に庫裏、通夜堂が建っていま す。