真言宗豊山派 薬師如来 790 愛媛県松山市畑寺町 089-975-0910 伊予鉄道久米駅から1.8km |
縁起 このお寺は天平勝宝年間(749‐
57)孝謙天皇の勅願によって行基 菩薩が開創され、3尺の薬師如来像
を刻んで本尊とされました。 弘法大師が弘仁年間(810‐24)こ
の地にしばらく止まられ、堂塔を 整えて東山・繁多寺と号して第50
番の霊場に定められました。 その後、寺運は衰え、堂塔はさ
びれるにまかせていましたが、源
頼義によって再建されました。弘 安2年には後宇多天皇の蒙古来襲退
散の祈願の勅命を奉じて下向した
聞月上人がこの寺で祈祷したと伝 えられます。 時宗の開祖一遍上人は延応2年 (1239-39)伊予の豪族河野道広の
子として生まれましたが、15才の 折父を失ったのが動機で出家しま
した。47才のころこの寺に長く止 まって修行されたといわれます。
上人は明治19年に円照大師、さら に昭和15年には証誠大師とおくリ
名されました。 |
風景 地元の人がら畑寺の名で親しま
れている繁多寺は、松山市の小高
い丘の上にあります。泉湧寺型と
いわれる御所の門になぞらえた山
門の前に立つとすばらしい展望で
松山の市街や、松山城を抱きかか
える道後平野を一望に見下すこと ができます。
門をくぐると左手に庫裏、右手
に鐘楼があり、一段高いところに
本堂、その右に大師堂が並んでい
ます。本堂の左手に石の鳥居が建
ち、その奥の聖天堂には将軍徳川
家綱公の念持仏の聖天(観喜天) がおまつりしてあります。 |